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佐々木禎子(ささきさだこ)さんをご存知ですか?

佐々木禎子さんは第2次世界大戦中の1943年(昭和18年)、広島に産まれました。2歳の時に被爆しましたが、運動が得意な少女として成長し元気に広島市立幟町小学校に通っていました。しかし被爆から10年経った頃、突然白血病と診断され入院することとなりました。

千羽鶴への思い

入院していた病院に千羽鶴が送られてきたことがきっかけで、禎子さんは鶴を折り始めます。折り紙がまだ貴重な時代なので、薬を包んでいたセロファン紙などを使いながら折り続けました。紙が小さくて手で折れない時は針の先も使って、一羽ずつ丁寧に、「生きたい」という願いを込めて。しかし、千羽折れば病気が治ると信じて折りあげた禎子さんの願いは、かないませんでした。8カ月の入院生活の末、彼女は息を引き取りました。

広島の平和記念公園に「原爆の子の像」が建てられるきっかけとなった禎子さんのこの実話は、「サダコと折り鶴の物語」となって世界に広まり、「折り鶴」は「平和のシンボル」として知られるようになりました。

協力:広島市平和推進課、広島市立幟町小学校